農園日誌ー親愛なる仲間達!

27.5.28(木曜日)晴れ、最高温度27度、最低温度17度

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                  じゃがいもの花ー男爵

農園は今、春の畑から初夏の風景に移り変わろうとしている。
風はまだ冷たさを残しているものの、照りつける太陽は暑く背中を刺す。
かろうじて風が涼しさを運んでくる。
外仕事を、農園はそれが当たり前ではあるが、していると、やたらと喉が渇き、水が欲しくなり、飲み過ぎると食欲が減退し、昼ごはんが喉を通らなくなる。
夏がきたな!と感じる今日この頃。体調管理が難しく、疲れが溜まり、歳のせいか、
回復が遅い。

連日、むかし野菜の加工所、保冷庫、及びお客様が集うであろうレストハウス建設
のため、県や財団などに提出する事業計画書を作っている。
久しぶりに元職である銀行員に戻ったかのよう。長く離れているため、数字が頭の中をパズルの如く駆け巡り、ワークは遅々として進まない。このくらいなこと、昔なら一晩で済ませたのにと・・これも体力気力の衰えか。

今までの野菜生産中心から、穀類生産・製粉・加工の四つの分野へ手を広げようとしている。「有機野菜及びその加工品によって地域の回復を」と願ってから、銀行を退職して、早、13年が経過し、数人の農業後継者を育て、彼らのために、さらに
まだ見ぬ若者達のために、その未来のために、避けては通れない事業となる。
大企業中心の政策へ大きく舵を切っている現在の政府の方針とは真逆の方向を向き、日本の「農業の梁山泊」を目指すのは、中々に疲れる。

イメージ 2同じくじゃがいもの花
これはアンデスと言って
赤いじゃがいも。
花が咲いてから約3週間で
じゃがいもの収穫期を迎えることになる。

じゃがいもの収穫に合わせて四番の畑でビーツを栽培している。(赤いスープ)
ボルシチ風の煮込みスープ
を皆様に料理してもらいたいと考えている。

そんな中、久方ぶりに、新規のお客様から熱いメールを相次いで頂く。
ついでに言うと、5月になってから、すでにお試しセットの問い合わせを20件、頂いた。時代は、将来不安な世相とあいまって、食への不信が現実のものになってきたのか、消費者の皆様の意識が高まってきたのかと、疑いたくなるほど。
毎晩、その一人一人の様々な要望や問い合わせにお応えしていると、いつも12時を回る。銀行員時代に、いつも部下達に今日は今日中に帰ろうなと言っていたのを思い出す。むかしと同じだ!と思ってしまう。

思えば、意を決して、(さほどに思いきった決断ではなかったが)有機農園を開いてから14年目迎え、(ネクタイを外して、ジャンバーに着替えた程度ではあったが)
今ではレストランを含めると230余名のお客様がむかし野菜を待っていて下さる。
今日もある方々が農園を訪れて来られ、その方々に、うちのお客様は、皆様、
実に心温かな素晴らしいお客様ばかりですよ、とお話したばかり。

事業計画の試算であるが、このまま行くと、5年後は、450余名のお客様に囲まれていることになる。自然農の農法ではもはや天文学的な数値となる。これはもう、
貴方達の仕事ですよ。頑張れ!と研修生達(未来の農人達)に伝える。
実感が沸いているのか、分っているのか?やや不安となる。
何時までも山登りのリーダーは努められないぞ!とまた言う。年をとるとしつこくなるのか?

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予想通り、今年はズッキーニの当たり年となる予感。

焼いて、炒めて、スープの
具材に。

ズッキーニは味を染み付かせて食べるもの。何にでも使える重宝な初夏の味覚

最盛期は6月。



話がわき道に逸れてしまった。

草木堆肥による自然循環農法を実践に移している農家は数少ないし、少なくとも
私は知らない。
やさしく、旨く、栄養価の高い、美味しくて、どこかむかし懐かしい味と香りと食感。
その農法は、野菜を作る前に5つの行程ほど余分な作業や手間を要する。
草を集めてきて、剪定枝を破砕し、葉っぱを集めて、堆肥を作り、草木灰を作る。
その手間と労力がむかし野菜の美味しさを産む。
今日も農作業を終えた研修生達が最後に剪定枝の破砕作業を行い、最後に残った葉っぱ(土に成りかけている)と小枝を地面に這いつくばって分別している。
「別の作業をしていた農園主が、その後姿にもう帰るぞ!」と声を掛ける。

その美味しさに接した新規のお客様から本当にこの値段でよろしいのですか?と
さらに自然農のお米の価格も信じられない安さです。子供達が奪い合って食べている姿が愛おしいと感じておられる親御さんの真摯な言葉に、私達はどれだけ励まされることか。
その意味で、私はお客様とは呼ばず、「仲間達」という表現をよく使う。

「一方に価値観を理解して頂ける仲間達に美味しい野菜を届けようとする農人達がいる」

「他方に美味しく栄養価の高い野菜を喜んでくれるお客様達がいる」

お互いに、当たり前のような感覚にならずに、感謝し合える仲間達としてあり続けていきたいものだと心から願う。