農園日誌ー農業の未来へ向けてPARTⅡ

27.10.21(水曜日)晴れ、最高温度24度、最低温度13度

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                 秋野菜の成長(5番の畑)

農園ではすでに一か月間雨が降っていない。植え付けた秋野菜の成長がほとんど止まっている。こんな秋は初めて。この分だと夏野菜も早く終わってしまう。
季節は中秋。今頃は本来から言って晩秋から冬に向けて旺盛に野菜が成長していなければならない。野菜のストックができず、自転車操業(?)になりつつある。

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野菜が育つまで
端境期を迎えた畑に
遊び感覚で植えた
ズッキーニ。
こんなことならもっと
たくさん植え込んでいればよかった。
これらの野菜で今は
繋いでいるために、
つぎはぎだらけの
野菜の発送になる。



昨日、むかし野菜の本拠地となる市街化調整区域に建設予定の開発申請に市役所に赴く。3回目にてようやく開発許可申請の事前申請受付が完了した。
これから10数カ所の部に事前協議を行わねばならない。
一体何回出かけなければならないのか。お役所仕事と付き合うにはかなりの忍耐力が必要となる。無理難題を押し付けられ、それを掻い潜って実現しなければならない。机を叩いて帰ることがこれから増えそうで気が重たくなる。
かと言って、これを経なければ前には進めない。県・市・銀行などを回って帰る。
経験や知識に乏しい研修生たちではとてもこの難関は乗り越え切らない。
これからの将来がある若い農人達のために、一つの事業を起こし、軌道に乗せるまでは自分がやらねばならない、と言い聞かせる。
帰ると、若い笑い声がいきなり耳に飛び込む。
留守の間に新開地にカリフラワー植え付けと大根などの種を蒔いていた。
予想通り、ちぐはぐな位置取りになっている。
何故そうしたのか?これからじっくりと研修生たちに聞いてみらねば・・・これも勉強。
自主性とやる気を育てるにはこちらも忍耐の連続となる。


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     畑一面にセロリが成長し始めている。今日、除草と芽掻き作業を行う。

セロリは横に這っている茎を搔き取ってやると、上に向いて成長する習性がある。
そのため、かなり大胆に芽掻き作業を二度ほど行う。
むかし野菜のセロリは嫌いな人も好きになる。味香りが強いのに、何故か食べてしまう。今まで、セロリはどうも!という方に調理方法などのアドバイスを行い、無理やり好きに変えてしまう。今度は「セロリが大好きになりました」との答えが返ってくる。
これは化学肥料や畜糞で育った野菜と比べて、青臭い灰汁が旨味に変換していることによる。草木堆肥の威力ですね。

(農業の未来へ向けてーPARTⅡ)

今まで、もう何回農業セミナーを開いたことか。その多くは市町村とタイアップしての開催ではあったが・・
それでも既存農業者がこちらの世界「消費者が安心して食べられる栄養価に富んだ美味しい野菜つくり」に入ってくる農業者は現れない。
少し興味を持って聞いてくる農人と話をしてみる。
そういう方の多くから同じような答えが返ってくる。

「草木堆肥作りは手間がかかり、そこまでして野菜を作ることはできん」
「齢を取っているので、労力が掛かり過ぎる」
「良いことは分かっていても除草剤も農薬も使わんのでは、難しい」
「みなと一緒にグループを作るのは面倒くさい」
「息子にはこの割の合わない農業は継がされんし、嫌がる」
「米つくりで精一杯じゃ」  などなど・・・

特に比較的若い方の多くがグループ営農を嫌がる傾向が強い。
既存の農業者は手間を掛けることや創意工夫をこらすことなどを特に敬遠している
つまりは国の農業保護政策によって楽な農業に慣らされてしまっているようだ。
しかも、農協を毛嫌いするくせに、安直な農協出荷を是認せざるを得ない現状がある
農業者の老齢化が進み、最早、お米作りまでできなくなっている地域の現状がやはり大きい。

そこで、方針を切り替えて、農業の経験がまったくない若者を育てることにした。
今思えば随分と大きな回り道をしてきたようだ。
彼ら(30~40代)に共通していることは、現実の社会の矛盾をすでに経験してきており、何かを求めてこの農業の世界に飛び込んでくる。おそらくは随分と不器用な人間であり、それだけに自分流の生き方を模索している。
農業の生産技術だけではなく、独立した農業経営やお客様とのコミュニケーションの仕方まで教えねばならない。
そして、生き方を示してやらねば、おそらくは納得すまい。なにしろ、不器用な人間ですから・・それでも愛すべき人間なのですから・・・
彼らにはいつも必ずこう言うようにしている。

「今は全てにおいて勉強中。己の考え方は胸にしまい、私の行動や思考パターンを徹底的に盗みなさい。盗み終わったら、つまりは自分のものにしてしまったら、自己流の考え方ややり方を実践しなさい」
「もっと謙虚になりなさい。心を空しくしておかないと、言葉は胸に沁みていかない。
つまりはいつまでたっても決して自分のものにはならない」
そして、「私が貴方方にしてやったことを今度は後に続く人にしてやりなさい」と・・

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まばらに成長している人参の畝。
暑いさなかに種を蒔く
人参はセリ科の野菜。
水がないと芽を出さない。
そのため、、三回ほど
蒔き次ぎをしている。
盛夏が人参の種の蒔き時、何年やっても
うまくはいかない。
これでもうまくなった
ほうです。


自然循環農業を新規に始めるに当たり、社会の大きな壁にぶつかる。

一つは、江戸時代の慣習が法律になったというべき農地法の壁。
二つ目は、余所者を受け入れない地域の古い因習の壁。
三つめは、巨大流通の下で生まれた画一化された農産物の規格という壁。
四つ目は、流通の価値観を纏った消費者の意識や価値観の壁。
五つ目は、農産物の内外価格差の壁。
最後は、生産者と同じ価値観を持つであろう消費者層とのコミュニケーションの壁。

これらを一つずつクリアーしていかないと、かれら不器用な若者達は最後まで自己流の生き方を見つけられずに終わってしまう。
それは同時に農園主に突き付けられた永遠の課題となる。

→次回へ続く。