農園日誌ー年が明けて

31.1.6(日曜日)晴れ、最高温度12度、最低温度3度

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          新年明けまして、今年もよろしくお願い致します

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農園はビニールトンネルに
覆われ、
新しい年を迎えております。

この中では、
年末に蒔いた
幼苗達が、寒に堪え、害虫被害に晒され、
ながらも、
精一杯育っております。


 今年は、農園主が54歳から始めた自然循環農園も、16年目になりました。
一つの節目として、時代を担う若者達に繋いでいくため、彼らが自ら考え、試行錯誤をしながらでも、この方法の担い手になってもらわねばなりません。
この農業の難しさは、大雑把に言って三つあります。

一つは、他の農法に比べ手間も掛かり、学ぶべき事も多く様々な困難に直面する
○露地栽培であり、年ごとにめまぐるしく変る気候変動への対処(予知能力を養う)
○簡便な肥料ではなく、草木堆肥しか使わないため、その原料の確保が必須なこと
○草木堆肥によっての土作りとは、微生物・放線菌・ミネラル分の補給であること。
○野菜作りに入る前に、3年にも及ぶ土作りを経ねばならないこと。
○年間百種類以上の野菜の生産・確保は、気候変動への対処だけでは無く、各野
 菜の育て方などの特性を理解し、堆肥振りから管理まで、習得しなければならない

ここで課題となるのは、約一町歩(1㏊)の野菜畑と同じく一町歩と拡がった穀類畑
の生産・管理をこなさなくてはならず、瞬時に上記課題を俊別し、判断を下して、
スタッフ全員を動かさなければならないことです。
一刻の躊躇・過怠や判断ミスは、毎週及び隔週でお待ちになって居られる消費者(仲間達)への野菜の配送が滞ることになってしまいます。所謂、欠品です。
露地栽培の場合、季節は待ってはくれないのです。

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                        草木灰

長閑に焚き火をしているわけではありません。
剪定業者が持ち込んでくる剪定枝(上部の写真)を分別し、葉っぱをより分け(中部の写真)細かな枝や破砕機に掛からない太い枝はここで焼く。
これらの剪定枝や葉っぱは、草木堆肥の基本であり,重要不可欠な原料です。
それと同じくこの草木灰はミネラル分の供給源でもあり、重要な副原料です。
ここまでお話しすると、「枯れ木に花を咲かせましょう」の花咲かじいさんの逸話は
嘘ではなかったことがお判りいただけますね。
このむかし話は、現在の日本人が、とっくのむかしに忘れてしまった日本の先人達の土作りの歴史や思いを伝えてくれております。

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 二つ目は、自然循環農法の啓発啓蒙活動の難しさです。
慣行農業(化学肥料と農薬)は兎も角として、世界には、様々な有機農業があります
大別すると、以下のようになる。
〇焼き畑農業のような自然農法(これは自給自足農業)
〇畜糞を主体とした有機農業(これは欧米や日本の有機JAS農業に多い)
〇米糠油粕・骨粉などの高窒素肥料を使った有機農業(ハウス栽培に多い)
〇極く稀れではあるが、草木を主体とし、補助的に有機肥料を使った有機農業

当農園は、日本の先人達が行っていた草木堆肥のみによる土作りを行う自然循環農業である。この時代は、草木にわずかな畜糞を発酵促進として加える。
私が知る限りでは、埼玉川越に二軒のさつまいも農家があり、そこでは、昔ながらの葉っぱだけで作った堆肥のみ使っていた。

草木堆肥しか使わず、土作り(土壌の力)によって野菜生産する農家は、世界でも
例が見られず、当農園たった一つになっている。
(今から150年以上前は、それが当たり前であった時代がありました)
先人達の農業こそが、真の有機農業(持続可能な農業)ではないかと考えている。
我々はその野菜に接して、むかしの人達は、随分と栄養価の高い、健全で美味しい野菜を食べていたんだな!と実感しております。

当農園は、その忘れ去られた自然循環農法を、そして、この農法による農産物の美味しさや栄養価の高さを、生産者も含めて消費者に伝えなければならない。
処が、肥料に頼った(簡便に生産できる)安価な農産物に慣れた消費者達に、その農産物の真の価値観を伝えることは、実に難しい。
当農園及びむかし野菜の邑グループは、化学物質にまみれた現在の農産物や「食」そのものへの警鐘を鳴らし続け、その価値を伝え、理解してもらうことをし続けて行かねば、このような野菜作りは存続すらできない。
これが市場啓発啓蒙的な販売活動です。


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                      大豆の焙煎

 自然栽培の大豆を少量ずつ、焙煎し、半日以上冷ました煎り大豆を、破砕し、
とうみで殻を飛ばして、さらに製粉機にかけて黄な粉を作る。
煎りかげんで、黄な粉になったり、大豆粉になったり、経験が必要な作業となる。
この黄な粉(大豆粉)はやや粗めにひいて、味香り豊かな状態で皆様にお届けしている。これと一緒に出荷するのが、お餅と小麦粉(やせうま・団子汁に)。
大豆以外に、自然農のお米・自然栽培の小麦・裸麦・古代小麦を生産しており、
それぞれ、小麦粉(ブレンド)・麦御飯セット・麦茶などの加工品として出荷している。

穀類生産のきっかけは、あまりにも多いアレルギーの発症でした。
化学物質にまみれた「食」や余りにもハイグルテンを目指した小麦の品種改良によってもたらされた穀類アレルギーの多発は、未来への警告なのではないか。
5年前から始めた自然栽培による穀類生産の難しさは、経験不足と言うだけではなく、除草剤を使わないため、困難を極めている。
それでも、黄金色に染まった麦畑を前にすると、その荘厳さと存在感に身が震えた。
やはり、穀類は野菜とは異なり、生きる糧なのだろう。

 三つめは、マーケティングに基づく販売活動です。
幾ら、世界でたった一つの農園だと言っても、如何に栄養価の高い、健全な美味しい野菜を生産していると言っても、手間と労力の塊であると力説しても、それを求めてくれる消費者が居なければ、あるいは、探さなければ、何ら意味を持たないし、
ましては、生きてはいけない。
さらに、当農園のもう一つの使命として、消費者の輪を広げるだけではなく、この自然循環農業の多くの後継者達を育てていかねばならない。彼らも、また、生きていかねばならない。

ここに、銀行員時代独自に培ったマーケティングに基づく販促戦略や戦術の重要性と困難さがある。
この事業を存続し、さらに広めていくためには、農園主がいつまでもこの販売活動に
携わっているわけにもいかない。この難しい活動や経験などを次世代へと繋いでいかねばならない。これが最も難しい継承となっている。

日本は、わずか7~8年前に起こった大地震原発事故により、「食の安全性」についての関心が、一気に高まっていった。
処が、四半世紀も経過していないのに、すっかりその熱は冷めてしまった。
さらにはグルーバル化が進み過ぎた資本主義の反動から、世界的な自国主義
民族主義の台頭である。
世の中は、先行きの不安と息苦しさに満ち始めている。
こうなると、消費者のマインドはその日の幸せや居心地の良さを求め、政治や社会への無関心へと向かう。
実は、このようなノン価値観が蔓延する時代が、実質価値や真の価値観を問いかけることの最も難しい時代となる。

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                 どこか寂し気な結の屋号

関東にて、一年間頑張ってきた原田君が、様々な要因によって、その「実質価値」の農産物販売戦線から離脱した。一年間頑張ってきただけに、スタッフにとっても寂しい。
但、彼は、一人事業者として、立ち上がり、闘ってきたことが今後の大きな糧になっていくことだろう。また、当農園スタッフ達にとっても、その経験などの話は大いに刺激になっていくだろう。
聞けば、関東では、今まで踏ん張ってきた八百屋さんや個人の専門店は次々とマーケットから去って行っているそうだ。残ったのは、人の顔が見えない大規模流通であり、今日の一日に追われる消費者の姿がオーバーラップしてくる。

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      一月五日、別大不動産に呼ばれて野菜の販売会をしている風景

むかし野菜もこのまま大規模流通に飲み込まれるわけにはいかない。
関東・福岡市場を中心に約300余名の仲間達に、農産物配送(宅配)を行っているが、地元大分の消費者が異常に少ない。
このままではいけない、と言うことで、去年12月後半から農園棟にて、自然農産物直売所を開き、現在、実験販売を行っている。
このベツダイは正月早々、キッチンの販売予約イベントを開催し、その一コマに呼ばれたもの。
若いスタッフ達で出向いたが、一般消費者に接する難しさと経験が今後の販売活動に大いに役立つことを期待している。

正月明け早々、随分と長い農園日誌になりました。
農園主の願いは、この若いスタッフ達と共に、価値観を共有して頂ける、より多くの仲間達が増えていくことです。
私達の取組が広まるためには、消費者の皆様方のご理解と共感が必要となります

今年もどうか、温かく、見守ってやってください。

                                               敬具、
PS.
なお、佐藤自然農園の農園日誌は1月より、農園の立ち上げ時期から現在に至るまでの活動記録として綴らせて頂きます。最後は一冊の冊子になりましょうか・・・
従来の形の農園日誌は、むかし野菜の邑のホームページへと継承していきます。