農園日誌ー高質で健全な食品及び農産物の生産及び販

30.12.12(水曜日)曇り、時折時雨れ、最高温度10度、最低温度5度

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                 乳酸菌発酵の漬物達

 これはむかし野菜の邑にて、製造している漬物の一部です。
我が家の漬物は、日本人が、むかしから、こよなく愛してきた発酵食品であり、保存食です。
当然ながら、添加物は一切加えず、昆布等の旨味も加えません。素材の持つ旨味と活きた醗酵菌により、ナチュラルな美味しさが醸成されていきます。
もっと言うならば、草木堆肥により生産された野菜の持つ味香り・旨味を最大限に生かして作っております。
海の塩・酢・砂糖・焼酎・とうがらしなどの最小限度の調味料は使っている。
粕漬け・味噌漬け・塩漬けなどです。

生きた菌を活かすべく、常にうちの漬物は動いているため、相当な経験と勘が必要となり、失敗も多いのです。

最近の消費者は、漬物の美味しさを知りません。今では、化学調味料漬けの漬物が主流となり、市場に美味しい漬物が無いためなのか、やれ、減塩などと言って、味噌
漬物を敬遠し、一方では、塩化ナトリュウム入りのお菓子を食べております。

 この先祖が残してくれた豊かな漬物文化、発酵食品の生活文化をこの邑では、
継承し、普及し続けて行くことを一つのテーマとしている。

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5年ほど前から、取り組み始めた穀類の生産。

除草剤は使わず、草木堆肥のみ施肥し、
農薬も使用せず、ノン化学物質土壌で育てた穀類の美味しさは
そのまま加工品へと引き継がれていく。



こんなものばかり食べていると、健康保険料を支払うのが無駄!なことが分かってくる。すでに15年ほど、歯医者以外に病院に行ったことが無い。
知らず知らずのうちに、農園スタッフ達は、むかし野菜の恩恵を一番受けているのかもしれない。
自然循環農業しか無かった時代のむかしの人達は、随分と豊かで、美味しいものを食べていたんだな!と思ってしまう。

(むかしおやつ)

イメージ 4この穀類の粉から
作ったむかしのおやつの数々。
これは石垣餅。

全粒粉、若しくは3分搗きの小麦の粉
(中力小麦)

この他にもだんご汁・
ヤセウマ(小麦を練り、茹でたものに大豆粉
をまぶす)など、


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野菜万頭

季節の野菜を餡にして
5分搗きの小麦(地粉
で皮を作る。

中身もさることながら
この皮が何とも言えず
美味しい。
味があり、香りがあり
最後は旨味が口一杯に広がる。



これらのむかしおやつ。お母さんの味です。
今の子供さんは,そんなお母さんの定番の味を知らない。
農園体験などのイベントでこれらのおやつをふるまうと、最初見慣れない食べ物に躊躇していた子供さんたちも、残さず食べてしまい、「美味しかった」と口を揃えて、微笑んでくれた。
収穫体験会などで、このむかしおやつを普及していくことも一つのテーマとなる。
まだまだ先は長い・・・

高質で健全な食品及び農産物の生産及び販売について PART2

(消費者の価値観の変化)

福島の原発事故、その後の放射能汚染が関東全域を襲った。
その事件以来、特に関東の消費者からむかし野菜の定期購入の依頼が殺到した。
その当時のメールのやり取りの中で感じたことは、この原発事故により、眠っていた健康志向の価値観が呼び覚まされた消費者が増えていった時代であった。


それから四半世紀も経っていない現在、同じく健康志向の価値観はあるものの、
その質が大きく変化していったようだ。
健康とか、食の安全性などは、自ら考え、探し、研究することが必要であり、決して
与えられるものではない。
原発事故当時、あれほど食に対して関心が高まった時代は無かったのかもしれないが、どうやら、現在は、熱が冷め、うわっつらを漂う無関心が時代を覆っているのかもしれない。



身の回りの生活や自分のことしか関心を示さず、社会や政治や世界のことは、他人事としか考えない世相に陥ってしまっているのかもしれない。

まして、食の安全のこと、自分や家族の健康を守ることなど、考えもしない人が増えていっている。

現在の政治屋達や役人達は決して、国民の安全や健康を守ってくれる事は無い。
自分で守るしかない時代に入っている。
それは日本だけではなく、世界的な傾向となっており、
この「無関心」が第一次及び第二次世界大戦を引き起こしてきた歴史の事実をもっと知っておくべきなのだが・・・

この時代は、核の脅威によって、かろうじて世界大戦こそ抑止されてはいるが、
経済的・社会的・政治的脅威はさらに増してきている。

そんな風に、感じてしまうのは、私だけなのだろうか・・・?

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佐藤自然農園の研修生の一人、小原君(20歳)の圃場に初めて草木堆肥が入る















今年、研修を終え、農園主として独立の年。


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ラクターで耕し、先ずは、小麦(中力)を植えることにした。
とにかく広い、そして長い。軽トラックで10杯分の堆肥が入った。
ここは、ハウスを放棄した農家から借りた農地で、開墾作業に、かなりの時間を要した。

この圃場に野菜が植わるまでに、最低3年は要する。その間は、穀類栽培により草木堆肥をひたすら降り続けて、土が育つのを待たねばならない。