29.9.27(水曜)雨、最高温度26度、最低温度20度
自然農の大豆(由布市庄内)
草,茫々と生い茂る自然農栽培の大豆の圃場。
わずかながら、当初の除草作業が効いているのか、大豆の背丈のほうが若干上回っている。植物の世界も制空権を取られると負ける。
収量は多くならないが、これなら何とか大豆の収穫が見込める。去年全滅しただけに今年の思いは強い。唯、収穫作業にはかなり手間取ることになるだろう。
これが除草剤を使わない自然農の実態です。
それでもしっかりと鞘は
付けてくれている。
実もきれいだ。
大豆は先ず下のほうから実が太り始め、徐々に上部のほうも太り、最後は仲程の鞘の
実が太ってきたら、
枝豆にはなる。
これから、約二か月程で、圃場内で乾燥し
所謂大豆となる。
秋の長雨が降り続き、実が太りきらず、乾燥が進まないと、収穫作業が遅れる。
そうなると、やや青い段階で枝ごと抜き取り、加工場に持ち帰り、さらに乾燥させねばならない。相当な労力を要することになる。
さらに、この圃場には晩秋の麦を蒔かねばならず、麦蒔きが遅れると、麦穂が色付くのも遅れ、未成熟麦となる。6月の梅雨時期に入ると、収穫作業もできず、せっかく育てた麦も全滅することになってしまう。
化学肥料も畜糞も使わない自然農栽培は生育が遅く、これらのリスクと隣り合わせの緊迫した収穫作業となる。
自然農栽培の穀類はそれだから、他の穀類の二倍以上の価格となる。
それでも、むかし野菜では、この穀類を求めたいと思っている消費者の方へできうる限りリーズナブルな価格で届けたいとの強い思いが私たちを動かす。
収穫された大豆の80%はこの味噌の原料となる。残りは、自家焙煎した大豆粉やそのまま大豆として消費者の元へ送られる。最初、大豆を送ると、多くの方から、「大豆は要りません」とにべもないメールや電話が届いていた。それでもここの農園主は負けてはいない。「先ずは大豆を一晩、水に浸けて、醤油と少量のお砂糖などで味付けをして子供さんに食べさせてみてください。若しくは同じようにした大豆と御飯で炊き込んでみてください」などと、根気強く消費者を説得した結果、その美味しいこと、子供たちがみんな食べてしまい私たちの口にはほとんど入りませんでした、などのメールが届くようになった。自然農とは言ってもむかし野菜の邑グループの育てた大豆は草木堆肥を圃場に使っており、栄養価も美味しさも、その癖の無さも加わって、他を圧する美味しさがある。これは麦も全く同じ。味噌などは、99%の消費者から支持をもらっている。他の1%は自分でも味噌を作っているから要らないとのこと。純粋な無添加発酵食品の美味しさです。数年前から麦を作り始めてみて感じたことは、野菜とは異なった感動が内部から私を揺さぶる。この心の高ぶりは何かと思っていたのですが、どうやらご先祖様が生きるために作ってきた「糧」を生産することこそ、「生きる」ことそのものであるからではないかと、思うようになった。これからも、古き良き時代の食を紐解きながら、野菜・穀類を使った素材を活かした新たな加工品を作り続けていこうと考えている。
地域産業の育成とナチュラルマーケットの拡大2.農産物の内外価格差とマーケットの現状日本で農園事業を行うには、どうしても農産物の内外価格差の問題を考えておかねばなりません。ここでは米国との比較をしながらその問題点などを検証しておきます。下記表1-1は日米の農業生産における生産コストの比較を示したものです。(1)日本の生産者コスト①農業用資材費 コスト差 1.2~1.3倍トラクター・肥料・資料などは市場競争が激しいため、農業用資材の価格差は少ない。②農業維持費 コスト差 3倍強公共料金・ランニングコスト・流通コストなどは日本のインフラの未整備によるものです。③農地価格 価格差 110倍以上日本の農用地面積の少なさや農地価格の高さは、大規模農業を日本に定着させません。従って、日本の農業は規模の利益を得ることが難しく、同一商品では国際的な価格競争力を失っております。表1―1 日米の農業生産コスト比較(平成10年度)日 本 米 国 日本/米国農用地面積(百万ha) 4.91 386 1/79農用地面積/1戸(ha)1.5 176.1 1/117農地価格(千円/10a)1,697 15 113倍肥料(硫安―千円/トン) 27 25 1.1倍肥料(尿素―千円/トン) 49 34 1.4倍農薬(千円/kg) 1.4 1.2 1.2倍トラクター(千円) 1,760 1,450 1.2倍配合飼料(千円/トン) 42.5 33.5 1.3倍賃金(千円/時) 2,208 390 1.6倍電気料金(円/kwh) 17.1 5.0 3.4倍ガソリン(円/リットル) 105 35.4 3.0倍高速道路料金(円/km) 38 ほとんど無料 ―
インフラ未整備などによる農業生産の基礎的費用(物流・維持費)が高い
コメントもし、ここに農業を志だそうとする人がいても、先ずは、農地を借るか、買わねばなりません。農業者でないものはいきなり土地を買うことはできません。先ずは、農地を借りて農業を始め、実績を挙げて、農業委員会から認められて初めて農業者としての認定を受ける資格が得られます。それ以外は、まったくのもぐりの農業者です。私などがそうでした。さらには、法人は農地を買うこともできません。また、水利組合と言うのがあって、先祖伝来の地域が管理してきたということで、水もかってに汲んではいけません。水泥棒と言うことになります。水利組合は、地域の老人たちが全て牛耳っていて、余所者扱いを受け、新たな参加者も中々認めてももらえません。これなどは、地域の老害を生んでいる典型的な一例です。その一方では、老人が仕切っている地域や農業を嫌って地域を出ていく跡取(後継者)が圧倒的に増えてきている。地域では稲作も含めて農業そのものが急速に衰退していっており、農地は余り放題というのも現実です。現在では、農地価格は有って無きがごとくになっております。誰も農地を欲しがりませんが、手放すとなると別物です。流動化はまったくといって進んでおりません。生産コストは、日本のインフラの問題が大きく、輸送費・燃料代・電気代などの全てに割高となります。このようにして、小規模農地による非効率性・生産コスト高によって、日本の農産物の内外価格差は余りにも大きい。「量の確保では対応できず、質重視政策(対応)への転換が求められている」米国などの大規模粗放農業に対して、日本は小規模高集約農業(多品目で高回転農業)を目指すことが重要なテーマとなる。日本では、補助金漬け農業保護政策が問題となってきたが、実は、米欧ともに、露地栽培農業には手厚い保護政策を取っている。(施設農業は市場原理に委ねる)国によって異なるが、ほぼ生産コストと同額の補助金が支給されているようだ。これは、欧米と日本では、農業(食糧)に対する考え方がまるで違うことによる。一つには欧米には、国土保全策として農地及び露地栽培農家を保護するという概念があります。二つ目は、欧米には食糧の絶対確保という国の命題があり、食糧自給率は100%以上を目指しております。そのため、欧米では、保護では無く、政策なのです。日本の政府では、農業者を守り、助けてやっているといった概念が占めており、だから、保護なのです。
例えば、農業機械を買う場合でも、作物指定を受けたり、施設を作る場合などは特にひどく、細かい作柄指定があり、それ以外の場合は全額返還です。霞が関は必ずこう言います。「これは目的外使用です」と・・・そのためがんじがらめの補助金を使った場合は、大概は農家は倒産してしまいますまったくと言って自由がないからです。このようにして、農産物の内外価格差は、一向に縮まりませんし、広がる一方です。当農園のように国が推し進める量ではなく、質を追求していく農業を行っている農家はそれなりに成功しているケースも出てきていることが救いです。