農園日誌ー社会的存在価値ーPARTⅥ-先人達の叡智を学ぶ

29.4.26(水曜日)終日雨、最高温度17度、最低温度9度

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           むかし野菜の邑、新社屋完成までもう一歩

 4.30.「食の集い」開催まで、後わずか。
建物は乳幼児やお母さん達のレストハウス完成まで、設備・電気工事を残すのみ。
正しく、ぎりぎりまで追い込まれている。
庭作りも残り三日で何とか完成させる。皆様をお迎えするための椅子・机も手作り、
モニュメント(看板)も作成中。建物以外はみな、スタッフの手作り。
農園主は庭作り、祐輔は椅子机、広報看板は後藤君、残りは夏野菜の植え込みに
忙しい。女性スタッフは農園料理の試作や準備に大忙し。
何しろ、160名以上のお客様がお見えになることになったのだから・・
当日は、堆肥作り・収穫・料理・餅搗き、そしてひたすら食べる。
午前中を中心にして農園料理、午後からはジョルジュマルソーの即興料理、それが終わってからは、フレンチのシェフによる料理教室と休む間もない。

この処、土日返上で毎日帰宅するのは20時過ぎになっている。
皆様に農園のありのままの姿をお伝えすることと、農園暮らしを体感してもらいたい
と考えている。
楽しい一日となることを願う。

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とうもろこしの種蒔きと
定植作業の風景

ここには、日本古来からある品種である甲州及び白餅とうもろこしを植えている。

今年の7~8月には収穫ができるはず・・
皆様には、小麦とトウモロコシの粉をお送りするつもりでいる。レシピを添えて・・・

現在、当農園でも、ジョルジュマルソーでも包み焼やおやつなどを試作中である。


社会的存在価値―PARTⅥ-先人達の叡智を学ぶ  
 
§Ⅴ.自然循環農業―前編、有機農業とは?
18世紀、欧州で硫安(窒素肥料)が発明されてから、世界の農業生産は飛躍的に増えていったと説明されている。果たしてそうなのだろうか?
欧州は一つの大陸であり、河川が各国にまたがって流れている。
地下水脈は、大陸全土に繋がっている。このことにより、20世紀中頃、緑色の血液を持つ赤ちゃんが生まれたとして衝撃が走った。
窒素肥料過多の農地から地下水脈に落ちていった窒素から変換された硝酸態窒素(毒素となる)がその原因であった。
 
危機感を抱いた欧州の農業団体が化学肥料から脱却する新たな肥料(農法)を探した。
行き着いたのが、日本の古来から行われていた農法であった。
つまりは、有機農業であった。
欧州ではその農法をオーガニックと称している。
今では、オーストリアなどでは、その30%以上がオーガニックであると言われている。但、実態の大部分は、畜糞を主体とした有機農業である。
 
 皮肉なことに、欧州が有機農業を模索し始めたころには、日本の農業は近代農業、つまりは化学肥料と農薬を駆使した農業に邁進していた。
先進国に追いつけとばかりに・・・
ようやく、今から30数年前頃に、日本では、欧州へ視察団を送り、先進国のオーガニック農業を学ぶことになった。まるで有機農業の後進国として。

そこでできたものが、有機JAS規程なる法令であり、有機物なら何でもよいことになっており、化学合成された農薬以外ならば使用可としている。
検査は行うことにはなってはいるものの、未だに、有機認定農家が認定取り消しになったことは聞いていない。
 
欧州でも最近問題視されてきているが、畜糞主体の有機農業の場合、窒素・リン酸過多の土壌が生まれ、窒素が分解できないまま、大量の窒素から変換された硝酸態窒素が多く土壌に含まれ、化学肥料と同じく、土壌汚染となるリスクが潜んでいる。
さらには、家畜(牛や豚・鶏など)が排泄する糞には、薬品や抗生物質が多く含まれた配合飼料を使っている。畜産の収益を確保するために密集飼いとなり、それらの薬品は不可欠となっている。
これが畜糞による化学肥料化であり、薬品汚染へと繋がっていき、課題の残る有機農業と言うことになってしまった。

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    草木堆肥を約4反の畑に降り、低窒素土壌ながら、こんなに立派に育った
    小麦畑の風景。今から50年前頃には、普通にどこの田んぼも米と麦の
    二毛作であった。この圃場の周辺には一軒も小麦を育てている処はない。


そんな中、日本で提唱されてきた農法が「自然農」と言った概念であった。
そもそも自然農とは、小規模な自給自足、家庭菜園での野菜作りで、自分の食べる野菜は化学肥料・薬品漬けの畜糞・農薬を排し、自然に任せ、持ち込まない・持ち出さない、できただけ食べれば良いのでは!と提唱されてきたものである。
商業的に生産すると言った概念は無かったものが、マスメディアやホームページで献言されていき、いつの間にか自然農の野菜は腐らない、虫が居なくなる、そのため、農薬は使わなくてよいなどの概念を信じておられる生産者・消費者が居られる。
当農園の野菜に虫食いの痕があったり、時折、一部に腐れた部分が見えると、これは自然農ではないなどとクレームが舞い込んでくる。
自然農(概念の世界)の畑にだけ、虫が避けてくれるのか?卵は産み付けないのか?
だとしたら、そこは虫達だけではなく、微生物や放線菌も棲みつけないはずなのだが。
個人の信条を批判するつもりもないが、ここで考えておかねばならないことは、農業者と言えども、生活をしなければならない。
できるかどうかも分からない農産物生産に頼ることはできない。
 
ある自然農の生産者は卵を生産し、広大な原野で野菜を生産しているが、生産量は限られ、それだけでは生きていくことができずに、他でアルバイトをしながら生活している。
また、ある生産者は、自然農の概念に固執し、ついには、子供達はその圃場から離れていった。食べていけないからである。
むかし野菜グループに集まる若い農人候補生達の将来を考えたならば、生活できない自然農に固執した栽培方法は採らない。
但し、自然農と言っても様々であり、草や葉っぱを施肥している方もおられ、持ち込まない・持ち出さないの自然農の概念とは異なるが、彼等もむかし野菜グループと同じであり、自然の理に叶っている。

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野菜饅頭・だんご汁・やせうま
の材料となる試作中の全粒粉小麦の生地。

今回の集いでは、皆様にふるまわれる。
と同時に、お客様にも捏ねてもらうことにしている。
この粉は去年生産していた
中力小麦。





 この時代、化学物質を圃場に持ち込まないことは極めて難しい。例えば、中国の産業廃棄物は海を越えて日本全土に降り注ぐ。今から7~8年前から比較すると、酸性化防止の苦土石灰の散布量は倍以上になった。ほうれん草(アルカリ性)が育たないからである。
当農園は草木堆肥を自家製造しているが、草木のみでは、堆肥化するのに、半年を要する。
それでは、約2haの圃場を賄えない。
そのため、発酵促進剤としてわずか10%以下の牛糞を加える(放牧場のものを使用、草が主食であり、配合飼料はあまり使わない)。
 
 このように単に有機栽培と言っても、米糠・油粕・骨粉などのぼかし肥料なども含めると、千差万別であり、何でも有機と言う言葉があるくらいである。
有機野菜の本家本元であった筈の日本の有機栽培が、世界ではオーガニックの称号を得られないのも、穴だらけの有機JAS規程も含めて、その辺りにありそうな気がする。
 
実験栽培まで含めると25年の経験からお話しすると、真の有機栽培は、実は日本古来からの自然循環農業のことであり、それは、低窒素栽培・高ミネラル栽培のことである。
子虫・微生物・放線菌などが織りなす神秘の世界、それは自然の浄化機能を伴い、植物と微生物たちが共棲し、作り上げた土壌で採れた野菜こそが、真の有機栽培と言える。