2020.1.29(水曜日)晴れ、最高温度13度、最低温度6度

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            プラチナ級の2番の圃場の冬景色

冬の作業の一つであるエンドウ豆系の手を刺したところ。

晩秋に種を蒔き、冬の間に根を太らせて、春4月に収穫となるスナップエンドウ・絹莢エンドウ・実エンドウの蔓が伸び易いように、枝付きの竹の支柱を立てる。

今年は、直売所を開いたため、例年よりやや多く5列とした。春の人気アイテムでありまた、美味しい。

特にこの二番の圃場は草木堆肥歴18年と土が肥えており、何を作っても美味しい。右隣は3月採りの越冬紫キャベツと春キャベツの畝。

 

2020.1.25 気候異変による野菜の豊作貧乏

 地球規模で異常気象が続いている。今までに経験したことの無い暖冬となっている日本の農家では、野菜が出来過ぎて困っている。価格が暴落し収入が半分以下になった生産者の苦悩は計り知れません。消費者は野菜が安くなってハッピーなのでしょうが、手放しで喜んでは居られなくなるのです。これは単に農家が痛手を被ると言うだけでは済まないのです。
その理由はこうです。

 

野菜で生計を立てている農家は、年間生産量を決めております。
季節毎の気候条件に合わせて、一品種について、2~3段階で種を蒔き、毎年ほぼ同季節に野菜を段階的に出荷しようとします。
例えば、今年のような異常な暖冬気候の場合、一段階目の野菜の成長が早くなりすぎて、市場に大量の野菜が出回り、価格は暴落します。さらに、悪いことに二段階目の野菜も暖冬のため、成長がすぐに追いつき、だぶついている市場に、さらに出荷しなければならなくなります。三段階目の野菜も全く同じことになります。
さらに、野菜の成長時期が早まるだけでは無く、異常に大きく太くなる事によって、大量の規格外商品が生まれ、折角一所懸命に育てた野菜を大量に畑で放棄しなければならない生産者の心の痛みは計り知れないものです。

こうして、マーケットには、一時期に大量の野菜が出された結果、次の時期に出る野菜が畑から無くなり、野菜がマーケットから姿が消え、結果として、野菜の価格が高騰してしまいます。
これが、消費者にとって、野菜が暴落することがハッピーなことにならない理由です。
特にこのように全国的な暖冬となれば、一地域に限定された災害などの場合と異なり、一気に野菜が市場から姿を消すことになってしまいます。

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             春白菜とレタスの定植

春3月下旬採り予定の白菜と、3月中旬採り予定のレタス系。畝を分けて植え込む。

春白菜は必ず、1~2月に定植し、トンネルを掛けて保温し、成長を促す。この間、トンネルを開けたり閉めたりと忙しい。急に温度が上がると蒸れて溶けてしまうからです。3月初旬頃になると、トンネルを撤去し、伸びきった白菜を寒に当て、締めてしっかりとした株にしていく。この時季の判断が難しい。

 

当農園は草木堆肥(低窒素露地栽培)による手間と労力と時間を掛けて野菜を育てております。
野菜は土壌に窒素分が少ない分、慣行栽培や有機栽培と比べて根を土中に広げ、髭根も多く、根菜などは根を分岐し地中に暴れまわっております。市場で言うところの規格外商品が多く育ちます。
この見てくれの悪い栄養価に溢れた健全な野菜を市場原理に委ねようとは、最初から考えておりませんでした。そのため、農園を開いてから特定顧客、つまりは、定期購入のお客様だけに野菜を直接販売する方法を選んだのです。

従って、その特定のお客様への出荷に応えるだけの計画栽培になります。
そのため、野菜の価格は概ね常に一定価格としております。豊作の時季も、不作の時季も同じ価格でお届けすることが公平だと思うからです。
葉物野菜など一時季に急に成長する際は、価格は変えず1.5倍に増量して届けます。
全国的に不作の時は、変動する気候条件に合わせて懸命に工夫しながらも何とか最低量を確保します。
そのため、関東のお客様からこう言ったお便りが届いたこともありました。
この野菜の不作の時季、キャベツが半玉で300円もするのに、一玉300円で良いのですか?と・・・

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           4番の圃場に植えたほうれん草。

今現在、9番→3番→4番→4番の圃場と4段階で種を蒔いている。ほぼ3週間間隔で種を蒔いている。9番は現在出荷中であり、野菜の成長に合わせて計算すれば今後、二ヶ月分強のほうれん草は確保していることになる。ビニールトンネルは開けたり閉めたりすることによって、成長スピードの調節が可能となる。それも永年経験してきた農業者の勘の世界です。

 

資本主義は、市場原理(需要と供給)に任せて置けば、落ち着くところに落ち着く、と言うのが、定説でしたが、それは長い時間を掛けて、実証されて世界が自由と繁栄を謳歌してきました。
しかしながら、ここに来て富みの偏りを産み、個人主義(互いの価値観を尊重する)から自己主義に移り、階層社会から階級社会的なものが形成されつつあるような気がします。
断っておきますが、私は決してコミュニストではありません。むしろ頑張った者にはそれなりの報酬がもたらされるべきだと思っております。
化学肥料や農薬・ホルモン剤を使い、手軽に大量に均一商品を生み出そうとする慣行農業と比べて、草木堆肥の原料を一から集め、労力とリスクを掛け、健全な野菜を生産し、自らの健康だけでは無く、それを買って頂いている消費者の方々の健康を守ろうとする自然循環農業に対して、相応の代金を求めるのは当然だと思っております。

但、社会は、決して一人では生きていけません。
いくら崇高な理念を掲げ、安全で美味しい野菜を生産しているとは言っても、其の価値を認めて頂ける、購って頂ける消費者の方が居なければ、生産者は生きてはいけません。その意味では、我々生産者と消費者は、価値観を共有する仲間達ということになります。
別の言葉で言い換えると、その仲間達は一つのコミュニティということになります。
そうであれば、沢山採れる時季でも、わずかしか採れない時季でも、その農産物の価格を変えるのはフェアーでは無いと思うのです。
その生産者と消費者達は、価値観を共有する一つのコミュニティだと農園主は考えております。

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             出荷作業中の風景

全国二百数十名の定期購入のお客様へ野菜をお送りしている。この仕事を始めてから様々な方との出会いが生まれた。それもまた楽しからずや!