農園日誌Ⅲーむかし野菜の四季

2019.11.27(水曜日)曇り、最高温度19度、最低温度12度

f:id:sato-shizen-nouen:20191127182312j:plain

             定植を待つ秋野菜の苗達

 

今年の気候は明らかにおかしい。温暖化はとりかえしのつかない程進んでいるようだ。

11月初旬から、一ヶ月ほど雨が降らず、一見穏やかな気候が続いた。本来は、この時期は大陸の寒気団の南下と太平洋高気圧(暖気)のせめぎ合いが起こる季節。

それがようやく11月下旬頃からようやくそのせめぎ合いが始まった。

そのために、秋雨前線が停滞し、週一で天気が目まぐるしく変わってくるこの季節特有の気候となってきた。秋野菜にとっては、成長を促す待望の雨をもたらしてくれた。

そこで、農園主は考えた。

この冬は暖冬傾向が続くとすれば、冬の白菜の種を蒔いても、あるいは、冬の人参の種を蒔いても成長してくれるのでは無いかと・・

このように、通常の季節と毎年変化してくる気候に対して、現在の露地栽培の農業者は知恵を巡らせていかねばならない。

 

2019.11.26  日本古来からの草木堆肥は何故消えた

f:id:sato-shizen-nouen:20191127182448j:plain

                堆肥作りの風景

除草した草をベースに、配合飼料を食べさせていない放牧牛糞を重ね、その上に剪定枝の破砕屑と葉っぱを置き、トラクターで混ぜ合わせた処。この後、タイヤローダーにて2メートルほどの高さに積み上げ、微生物・放線菌の力で発酵を促す。

 

 会社を辞めて農業を心出す前に、栃木県から関東周辺・長野・岐阜などを回って、むかし農法を探し回ったことがある。農業雑誌を参考にしたのだが、残念ながら私の意に叶う農業はついに見つけられなかった。その後、偶々、東京に監査の仕事で行っていた時に、レンタカーを借りて埼玉の川越の芋農家を探してみようと試みた。
埼玉川越は、柳原吉保が大名に任じられた際に、稲作りが難しい関東ローム層の地で、さつまいもを奨励していた。空っ風が強く吹くため、畑と畑の間に、防風(砂)林を作ることを指導したそうだ。
その落ち葉を利用して、葉っぱ堆肥を作っていたとの記述が残っていた。
その葉っぱ堆肥を探しに探し、諦めて道路脇駐車場に車を止めていた時に、ふっと横を見ると、葉っぱが山のように積み上げられていたではないか。ようやく見つけた。
早速、直売所を尋ね、葉っぱ堆肥を見せてもらうことにした。
今では、この葉っぱ堆肥を作っている処は二軒しかないそうだ。地下に数メートルの横穴を掘り、大量のさつまいもが貯蔵してあった。
今では、全国に有名な川越芋のブランド(品質)を守っているのは二所帯しか無い。
おじいちゃんにお聞きすると、このようにおっしゃった。「うちは、主に関東以北のお客様に定期的にお届けしている。一年間にさつまいも一作しか作らない。他の野菜を植えると肥料が必要となり、そうなると、サツマイモの味が落ちてしまう。むかしからのお客様の信頼を裏切れないから!」
後にも先にも、今でも、当農園の他に、草木堆肥を使っている農家はその一軒しか知らない。25年経過した現代でもその農法が続いていることを願う。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127183053j:plain

       太い木や細かい枝、しつこい草や蔓などを焼いて草木灰を作っている。

 

化学肥料も大量の畜糞も無い時代、昔の農人は如何にして農産物を育てていたのだろう。
歴史を遡って調べるにしても、江戸時代くらいの文献しか探れない。あまり多くも無い農業本を読んでも、私の拙い知識では、難解で意味も良く分からなかったが、土作りの記述はかなり多く残されていた。
それによると、山間地と集落の間には、里山があり、常に手入れをして、落ち葉や柴を集めていた。
圃場の近くに穴を掘り、稲わら・もみ殻・葉っぱ・柴・萱、そして、草を集めてきて、人糞(家畜の糞はそんなに多くは無かった)を振り掛け、何層にも重ねて1年掛かりで、草木堆肥を作る。その草木堆肥を何代も掛けて、圃場に入れ込み続け、土作り(土を肥やす)を行ってきた。
さらには、草木を焼き、その灰を圃場に撒き、現代の石灰(酸性防止)と同じ中和剤を作っていた。
江戸時代、八百八町の住民が住んでいたと言われる長屋から出される人糞の量は半端ではなかった。その大量の人糞の汲み取り搬送の権利を巡って、よく喧嘩が起きていたそうだ。それら大量の人糞は汲み取り業者から近在の農家が買い取っていたそうだ。
畑の隅にむかしは、肥え坪が置かれており、よくそこに落ちたものだ。おそらくは、むかしも人糞に草などを入れて発酵させて、今で言う追肥として使っていたと思われる。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127183334j:plain

                放牧牛糞の山

この牛糞は、空いた田圃を借り、草を植えて、繁殖牛の放牧を行っている畜産農家から届けてもらったもの。その餌のほとんどは草。牛舎には、おが屑を敷き詰め、牛糞を早い周期で回収しており、アンモニア臭もあまり無い。そのため、牛糞特有の臭いはほとんどしない。蠅も少ない。

それに対して、肥育農家の牛糞は、配合飼料がほとんどのため、独特の悪臭を放つ。これは牛糞の管理もさることながら、配合飼料による臭いである。輸入配合飼料は抗生物質・滅菌剤などの薬品漬けとなっている。

 

その草木堆肥を使った自然循環農業は、戦後まで続いていた。次第に、アメリカ方式の機械化・化学肥料・農薬の近代農業が大量生産・農家の浮揚を旗印として、次第に日本の農業を席捲していった。
1960年代頃は、草木堆肥を使った農業はほとんど見られなくなってしまっていた。
その後、化学肥料・農薬の近代農業に対するアンチテーゼとして、有機農業に取り組む農家、それを支持する市民層達によって、厩肥・稲わらなどを使った堆肥作りが行われ始めた。
処が、1980年代後半になって、「消費者を守るため」と言った名目で、有機JAS法が制定された。
これによって、戦後、あるいは、戦前から続いていた草木堆肥などを使った日本古来の有機農業は国によって、全面否定された形となってしまった。
有機JASの認定を取得しなければ、有機野菜として認めないことにされてしまったからである。

 

有機JAS規程
有機物なら何でも良い。化学合成された肥料・農薬は使わない」その趣旨は概ねこれだけではある。
国の認定を受けた検査者から調査を受け、一年間に一回かなり複雑で面倒な書類を提出し、農産物には一枚50銭のシールを貼り付けることが義務付けられた。この規制は一回有機JAS審査を通れば、手間は掛かるが、書面提出だけで良いようで、後の追跡調査は建前のみとなっている。
また、この法令は、生産者への支援は一切為されない、一方通行の規制となっている。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127184924j:plain

破砕機で剪定屑を作り、より分けた葉っぱを集めている。この中に計測不能なほどの微生物と放線菌が棲んでいる。炭水化物などは微生物が分解し、リグニン・セルロースなどの硬いものは放線菌が分解する。

この有機JAS法施行に対して、今まで有機野菜を生産していた農家の多くは、そっぽを向いたり、有機野菜生産を止めてしまった方も多い。
その結果として、日本での有機の歴史は一旦終わり、法令(形)だけの有機野菜となってしまったようだ。
勿論、国の法律を守り、懸命に取り組んでおられる有機農家もおられるが、当農園は、形だけの有機農家に格下げされることを拒み、本来的な有機農業を志向しており、自然栽培、若しくは、むかし野菜として、日本古来からの草木堆肥を復活させて、現在に至っている。
ちなみに、日本の有機野菜は、評価が低く、世界のオーガニック野菜の認定は受けられないと言うか認めてもらえていないことは、如何にも建前や形だけの有機野菜としての評価しか受けていないということになってしまい、有機野菜発祥の地である日本人としては、なんとも情けない話ではある。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127185249j:plain

除草作業の後、広い圃場から収集してきた草を溜め込む。この作業が中々に辛い。

おおよそ、草5:牛糞2:葉っぱ等3の割合で混ぜ込む。牛糞は発酵促進剤として必要となる。むかしの人達は人糞を使っていた。

 

確かに野山から葉っぱを集めてくること(当農園では、造園業者が持ち込む剪定枝を破砕している)除草した草を軽トラックで収集して回ること、それらを重ねて草木堆肥を作り続けること、いずれも労力の塊であり、根気の要る作業である。
それでもむかしの農人に比べれば、破砕機はあるし、トラックはあるし、混ぜ合わせるトラクターはあるし、堆肥を積み上げるタイヤローダーなどの機械があり、恵まれている。それでも、窒素分の多い畜糞を蒔いたり、化学肥料を施肥したりすることから比べれば、10倍以上きつい作業が必要となる。
如何に美味しく安全な野菜を作っても、消費者に認めて頂けないのでは仕方が無いことなのだろうが、現在の農業者は、手間を惜しみ、労力を惜しみ、「美味しく安全な野菜を作り続ける」と言った農業者としての誇りを失いつつあるように見える。
政治も、メディアも、一般の消費者もそんな頑張っている農業者や職人を評価してはもらえないのかもしれない。つまりは、正当な価値を評価することが難しい時代になっている。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127185621j:plain

        左から、破砕機・タイヤローダー・トラクターの三種の神器

このような機械が無い時代、むかしの農人はさどや大変であったろう。農園主も始めた当初は、この草木堆肥作りは全て手作業で行っていた。


それでも、むかし野菜を食べてくれる子供さん達の笑顔や定期的に野菜を購入して頂いている方からの「美味しい」の一言が私達を動かせ続けている。

f:id:sato-shizen-nouen:20191127190004j:plain