農園日誌Ⅲーむかし野菜の四季

2019.11.20(水)晴れ、最高温度18度、最低温度7度

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            晩秋の圃場の風景(3番の畑)

 

11月の晩秋になって、相変わらず雨が降らない。蒔いた種はようやく発芽しているが、一向に大きく育たない。(織布のベタ掛けにより乾燥を防いでいる)

ひたすら、雨を恋い焦がれて待っている。農人の水遣りでは生きているのがやっとの

状態。

この時季は太陽が傾いているため、強い太陽の熱がないため、圃場の表面が乾燥せず、初秋の長雨によって、地中に水分が残っているので、何とか、保っている。

 

 

2019.11.20. 種子の話

 

最近では少なくなってきたが、「F1を使っていない野菜は無いですか」「在来固定種の野菜のみ食べたいのですが」などの問い合わせが時折寄せられていた。
当農園では、何があるのか?と考えてみると、わずかには存在している。
島らっきょ・エシャロット・わけぎ・とうがらし・紫蘇・蔓紫などである。
これらは、随分とむかしから自家採取(と言うより、種を残し、毎年植えている)、あるいは、こぼれ種によって、芽を吹いた苗を毎年、植え替えている。となれば、(品種改良)交配されていない固定種と言うことになるのかもしれない。

さて、「在来、あるいは、固定種とは一体何だろうか?」「交配品種、所謂F1品種を何故嫌っているのか?」これは遺伝子組み換え(遺伝子に新たな遺伝子を組み込む)・ゲノム編集(遺伝子の一部をカットし別の種子を人工的に作る)とも異なる。
但し、F1の種は、ゲノム編集されていないと言う保証は無い。ここに難しさはある。

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つまりは、こう言うことだ。
農家が早く育つ品種、あるいは、見栄え良く大きく育つ品種を望んでいるとすると、その特性を有する優勢遺伝子だけを残し、劣性遺伝子を切り捨てる操作を行うことも可能であり、種子メーカーは、その特性を持つ優勢遺伝子を持つであろう他の野菜と掛け合わせる事を繰り返し、新たな品種を作り出す。唯、これは相当に手間と時間とコストがかかる。
ゲノム編集ができるならば、その方が早く確実に新たな品種を生み出すことが出来る。
日本政府に聞いたわけでは無いが、世界に先駆けてゲノム編集を解禁した理由もその当たりでは無いかと容易に推測できる。ゲノム編集解禁の理由が篩っている。「自然界でも突然変異で新種が出来るわけだから、区別する事が出来ない」としている。
最近、やたらと甘くなるトマトの種子が出回り始めている。消費者が望むからと言う理由だけでは、容易に容認できるものではないと思うのだが・・・
ちなみに、当農園では、トマトには、適度な酸味と味香りがあり、旨みがある昔ながらのトマトの種をいつも探し続けている。これすら最近では酸味のあるトマトを突然に廃番したりしており、実に苦労して種子を探し続けている。最後は欧州から直輸入するしか無くなるのかもしれない。

 

古来から、種子は交配を繰り返して今の種子に至っている。自然交配か人工交配かの違いはあるが・・・
確かに交配し難い品種もある。例えば、胡瓜・南瓜・冬瓜などである。これらは皆「瓜科」である。
これなら在来固定種と言えるのかもしれないが、但、わずかながら、同一「科」の中で、交配はしている。
問題なのは、アブラナ科である。
小松菜・青梗菜・水菜などの葉物野菜や白菜・キャベツ・ブロッコリー・大根・蕪など多くの野菜は、ほとんどアブラナ科に属する。この科の野菜は、放って置くと、勝手に交配し、亜青梗菜・亜赤蕪などになったりする。
「自家採取はやっていないのですか?」との問い合わせについては、必ず、「不可能」と回答するようにしている。自家採取専用のハウスを持ち、都度自家採取するなど、一体どれだけの手間とコストが掛かるのか、農家で無い方には分かるまい。

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      アブラナ科の代表である白菜とキャベツ(2番の畑)

収穫をしていると、時折、蕪と白菜、小松菜と白菜の相の子ができていることがある。

これはF1の種子を作る際に掛け合わせたものの本性が現れて来るのだろう。

 

在来・固定種の種を多く取り扱っている「野口種苗」と言う種子メーカーがある。
彼も、在来固定にこだわっている方々に対して、実に興味深い事をおっしゃっている。
「固定種の蕪があり、それを何十年も作り続けていると、いつしか、奇形が出来たり、小さくなったりして、より難しくなっていく。時には、他の品種と交配を行い、種子を健全にしていかねばならなくなることも必要である」
平家の落人部落があり、山里深く永年住み続け、同族婚姻を繰り返していると、次第に虚弱体質になったり、奇形児が生まれたりして、やがてはその一族は死滅してしまう事もある。
自然の神からの警鐘である。法律では兄弟親子の婚姻は決して認めていないのはその理由の一つである。

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季節はこれから冬に向かう。この季節は、色とりどりの野菜で農園は賑わいを見せる。

中でも蕪・大根の色彩は赤・白・ピンク・紅・紫・黒と、随分と目を楽しませてくれる。

これらのほとんどが交配によって新たに作られた品種である。在来・固定にこだわるのも良いのですが、そうすると、その方は、いつも同じ野菜を食べなくてはならなくなる。それほど、在来固定種は少ないのです。

 

種子については、私なりに思うところがある。
甘さ・大きさ・育て易さ・見栄えなどを優先させ、そのための優性遺伝子ばかりの種子を作り出すために、人工的に交配を繰り返したり、遺伝子カットによるゲノム編集をしたりすることは、種子の本来有している遺伝子のバランスを壊すことに繋がる。
むしろ、劣性遺伝子の中に含まれている自然との調整機能をも壊すことになり、アレルギー・アトピー・癌などの現代病を引き起こすことに繋がっていくのではないか。
自然とは異なる異物を体内に入れる際に、人間が拒絶反応を起こし、様々な現代病を引き起こしている。
それは、遺伝子組み換え(ゲノム編集も含む)であったり、無理な改良を重ねた種子であったり、若しかして、農産物生産に多く使われ出した除草剤であったり、梨などに多く使われているホルモン剤であったり、浸透性農薬であったり、薬品漬けになった畜糞や化学合成肥料・農薬であったりするのでは無いかと言った懸念を私は強く抱くようになった。

単に自然を壊していると言うことでは、多分に情緒的な批判でしか無い。むしろ、人間の欲望や思惑によって、こうしたケミカル依存をすることに、自然の神からのしっぺ返しが来ているのでは無いか。
これは20数年の農業の中で、感じていることです。
現在の自然界の環境は、ケミカル物質に覆われている。そんな中で、可能な限り化学物質を圃場に入れない農業を目指している。結果として、当農園では、有機農産物と言われることにも違和感を持っており、自然循環農業(自然栽培)と称している。

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大豆を収穫した後に、枯れた大豆の枝等を風の無い日に一斉に野焼きする。ご近所の方々には、大変

ご迷惑をお掛けするが、この後、直ちに耕して来年用の麦の種蒔きが待っている。

除草剤を使わないために、雑草も生い茂っており、一緒に焼いてその灰が次の麦作には

有効なのです。むかしから、農家では行っており、畑の風物詩となっている。それでも、むかしから農業を

営んで来られた方は、理解していただけのですが、移り住んで来られた方から、すぐに消防署に通報が行くこともしばしばです。これも時代を映しているのでしょう。